たわしの帖

やれることをやってみるブログ

たわしの帖

乙一が送る『銃とチョコレート』は苦味たっぷりのビターな児童書

 乙一氏の作品といえば『GOTH』、『暗黒童話』、『暗いところで待ち合わせ』などなど……数多くのタイトルが挙げられる。もし「お気に入りの乙一作品を答えよ」と問われたら、十人十色。比較的バラバラな回答が得られるかもしれない。

 私が気に入っている乙一氏の作品は『変面いぬ。』と『死にぞこないの青』、そして本書『銃とチョコレート』です。

 ジャンルとしては児童書に分類されますが「児童書? なーんだ、お子さまの読み物か」と侮ってはいけません。大人でも十分楽しめる乙一氏らしいダークで、ビター感たっぷりのミステリー小説です。

 バレンタインを口実に再読したけれど、ミルクチョコレートの甘みは一切なかった。そして、やっぱり引き込まれてしまいました。面白い……!

怪盗ゴディバ vs 名探偵ロイズ、決着の鍵となる少年リンツの“地図”

『銃とチョコレート』は先述通り、ミステリーを題材にした児童書です。

 主人公・リンツは移民の少年。父を肺の病気で亡くし、家は貧乏。女手ひとつで自分を育ててくれる母を見習い助けるために、友人のパン屋の手伝いをして小銭を稼いでいる心優しい少年です。

 リンツが暮らす国では、ある窃盗事件が話題を呼んでいました。富豪から金貨や高価な宝石を盗み出し、「GODIVA」と署名の入ったカードを置いて忽然と姿を消す大泥棒──署名から付けられた「怪盗ゴディバ」の名称は、名探偵・ロイズの名と共に国中に知れ渡っていた。

 人のものを盗む極悪人を追う名探偵は、まさに子供たちのヒーロー。リンツも例に漏れず、ヒーローの姿に憧れて「ロイズの助手になれたらなぁ……」と想いを馳せていました。

 そんな少年はある日、父の形見である聖書から“地図”を発見する。最初はなんの地図なのか、どこの土地を記した地図なのかまったく分からなかった。しかし、ひょんなことから、その“地図”“怪盗ゴディバに繋がる地図”である確信を得てしまいます。

 一方、探偵ロイズと警察は調査がどん詰まり。新しい手掛かりを求めて「怪盗ゴディバに繋がる有力な情報には懸賞金を支払う」旨を新聞に掲載した。その記事を読んだリンツは、なけなしのお金を握りしめて一通の手紙を送る──僕は怪盗ゴディバが描いたかもしれない“地図”を持っています、と。

 後日。リンツは不良の上級生・ドゥバイヨルから暴力を受けていた老人を、友人と共に助けます。この行為によってリンツはドゥバイヨルに目を付けられてしまいますが……なんと暴力事件には、手紙を受け取って駆けつけた名探偵・ロイズが絡んでいた

 暴力事件の日を境にロイズとリンツは怪盗ゴディバの正体を捕らえ、盗まれた財宝を取り戻すために“地図”に隠された謎を解き明かしていきます

裏切りと欲望、児童書とは思えない衝撃の数々

 ──と勧善懲悪、正義が勝つ王道のストーリーだったら「大人が読んでも面白い児童書」とは呼びません

 本書は王道と見せかけてどんでん返しが二転三転と巻き起こります。しかも途中で発生する事件や騒動が、なかなかにグロく、血生臭い。えー、児童書でコレってアリ!? という気分にもなる。オチまで全部語りたいけど、語れません。もったいない!

 でも、そこが乙一氏らしいところ。さらに挿し絵を担当した平田秀一氏の絵の効果もあって、ファンタジー要素も感じられる雰囲気になっています。まさしくダークで、ビターなチョコレートの味わい

 もちろん児童書らしく、物語のメッセージ性はとても強い。大衆の意見や目に見えているものが、果たして真実と言えるのか。まったく疑わずに信じてよいものなのかを考えさせられます。

 そして心に潜む欲望は、人間の行いを如何に変えてしまうものか。“正しい行い”とは一体なんなのかも、リンツ少年の冒険譚を通じて読者に語りかけている。……あれ? 今のご時世、子供に限らず大人も読んだほうがいい作品なんじゃないの。なぁんて。

 大人になると自然と、児童書からは離れてしまう──自分に子供ができてやっと、改めて触れてみようかなと考えるものだと思います。

 もしかしたら、それは勿体ないかもしれません。特に今は、大人でも楽しめる児童書や絵本がたくさんある時代です。本書も、優秀なミステリー作品と言えるでしょう。

 加えて主要人物たちの名前が、すべてチョコレート菓子に関連しているのも面白い。ゴディバにロイズ、リンツ、ドゥバイヨル……他にもたくさん登場します。甘い、名前だけは甘いぞ……!!

 大人から子供まで──というより親子で一緒に楽しめる『銃とチョコレート』。少年・リンツのほろ苦い冒険を、ぜひ楽しんでみてください。