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<古典部>シリーズ第1弾『氷菓』を再読してみた

※この記事は2017年2月15日に加筆されています。

 <古典部>シリーズ最新作『いまさら翼といわれても』を読む前に一度、本シリーズを頭から読み直したかった。

 今年やりたいことに「既読本の再読」を掲げていたこともあり、ちょうど良いと思って『氷菓』を手にとってみた。約5年振りに開いてみるとなるほど、やはりほろ苦い。それでもなぜか不思議な好感が持てる作品でした。

なにげない日常の謎を解く青春ミステリー

 本作『氷菓』は2012年に同タイトルでアニメ化されているので、それほど知名度は低くないと思われる。

www.kyotoanimation.co.jp

 とはいえ、あらすじをすっ飛ばすわけにはいきません。簡単に紹介していきませう。

 “省エネ”主義者の高校一年生・折木奉太郎は、なりゆきで「古典部」に入部することになる。部員数ゼロ、廃部寸前の「古典部」。当然、部員は自分ひとり──かと思いきや、同級生・千反田えるも入部していた。

「清楚なお嬢さま」という言葉がお似合いなえるだが、その実は好奇心の権化。彼女の「気になります」がシーズンを通して物語を動かし、奉太郎の“省エネ”ペースを崩していくのです。

「わたし、気になります」
 ぐっと身を乗り出してくる。その分、俺は背を反らさなければいけない。
 最初に俺は千反田を清楚とか言ったか。とんでもない、それは単に第一印象だ、風貌の形容だ。俺は悟った、こいつの本性を一番あらわしているのは目だ。全体の印象に似合わず大きく活発そうな目。その目が千反田えるの本性だ。
米澤穂信著『氷菓』P.29より引用

 そして奉太郎の腐れ縁で“データベース”を自称する福部里志、童顔とは裏腹に毒舌家な伊原摩耶花も入部。4人は神山高校で巻き起こる事件を解き明かしていきます。

 “神山高校で巻き起こる事件”といっても大それたものではなく、学園生活を送る日常で発生した“ちょっとした謎”ばかり。

 本作の序盤に起こる事件は「やらなくてもいいことなら、やらない。やらなければいけないことは手短に」をモットーにする奉太郎が探偵役になるまでの過程と、後半への伏線となっています。

「古典部」が紐解く33年前の真実

 本作の中心となる謎は「33年前、神山高校で一体なにが起こったのか」です。

 えるの「わたしが伯父から、なにを聞いたのかを、思い出させて欲しい」という奉太郎への頼みから進展していく物語は、本作と同タイトルの文集「氷菓」に秘められた33年前の真相と、表紙に描かれたイラスト、タイトルに込められた真実に繋がっていく。

 青春ミステリーや学園モノというと、爽快だったり甘酸っぱさがありがちなもの。がしかし『氷菓』にそれらはなく、むしろ若干の苦味と後味の悪さがあります。

 この苦味と後味の悪さが、私が最も気に入っている部分である。すべての学生にとって青春は、必ずしも薔薇色ではありません。若さ溢れんばかりのわざとらしいキラキラ感がない<古典部>シリーズ独特の雰囲気は、今でも好感が持てました。

 また、奉太郎は“探偵役”であること──どんな難事件でもズバッと一発で解決できるわけではないところも、非常に好ましいです。福部里志が答えの出せない“データベース”であるように、あくまで“探偵役”をあてがわれた高校生でしかないのが読んでいて「良いな」と感じましたね。

副題『You can’t escape』と『The niece of time』について

 さて、本作には副題として『You can’t escape』『The niece of time』*1が付けられています。直訳すると「あなたは逃げられない」「時の姪」。この副題について勝手な考察をしてみませう。

 まず『You can’t escape(あなたは逃げられない)』の『You(あなた)』は、奉太郎のことを指しているのではないでしょうか。やらなくてもいいことなら、やらない──“省エネ”主義者は、本当は探偵役なんてやりたくない。大きさなんて関係なく、謎なんて全く気になりません。

 しかし、えるの「わたし、気になります」で必ず探偵役を担うことになる。避けたくても、好奇心の権化からの一言からは逃れられない=『You can’t escape』かな、と。

 加えて33年前のことについて知る人物が、本作には登場します。忘れたくても忘れられない、過去のことだと逃れたくても逃れられない。記憶の片隅でひっそりとしていたのに、奉太郎たちによって掘り起こされ、呼び起こされる。

 この「過去から逃げられない」というのも合わせた、二重の意味が『You can’t escape』には込められている気がします。

『The niece of time(時の姪)』は言わずもがな、千反田えるのことでしょう。ちなみに、ジョセフィン・テイの推理小説『The Daughter of Time』が由来となっています。

<古典部>と青春、『氷菓』はすべての始まりである

 冒頭に記した通り『氷菓』を読むのは5年振り。「あー、そうだった」と懐かしくなりながら、深く作品に入り込むことができました。

 特に33年前の出来事に関しては余りにも切なくて胸がぎゅっとなってしまった。後味の悪さと相まって、なんとも気持ちが悪い(※褒め言葉です)。

 それでも読み終わった後は「再読して良かった」と感じた。純粋に面白かったのもあるけれど、<古典部>の変化や伏線の確認ができたことが大きいかな。「たぶんこの伏線、回収されてないよなぁ」とか、思うところがいくつかありました。これから第2弾、第3弾……と再読していきたい所存。

 <古典部>シリーズは物語が進むほど面白さが増していきます。重苦しくない──けれどライトノベルでもない作品となっているので、興味がある人はすべての始まりである本作から読んでもらいたい。どうやら実写映画化されるらしいですし。未読の人はぜひ。

 余談だけれど、本作はアニメ化だけじゃなくて漫画化もされている。そして、その両方を私は観て(読んで)ない。うーむ、観た(読んだ)ほうがよいのかな。とりあえず最新作まで読破したら検討してみよう。

*1:第28版より『You can’t escape』から『The niece of time』へ変更。