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たわしの帖

やれることをやってみるブログ

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空腹時の禁書『巴里の空の下オムレツのにおいは流れる』

『巴里の空の下オムレツのにおいは流れる』に出会ったのは、およそ2年前。ヴィレッジヴァンガードで、でした。

 看板を見付けると用事もないのに、ふらりと入ってしまう“遊べる本屋”。そこでページを捲ったときの印象は「お、何だか面白そう」といったもの。けれど当時は即購入に至らず。Amazonの「ほしいものリスト」に載せていたら去年、名も知らぬ神から授けていただきました

 実際に読んでみると、面白そうどころか……お腹が空いて仕方がなかった。正に、空腹時の禁書。はらへり。

「心のこもった料理=おいしいもの」が再確認できる料理エッセイ

おいしいものというのは、なにもお金のかかったものではなく、心のこもったものだと私は信じている。
石井好子著『巴里の空の下オムレツのにおいは流れる』P.240より引用

 著者・石井好子女史が食べ物ならびに美味しいものに対して抱く執着と愛情を、めいっぱい詰め込んだ料理エッセイ。

 タイトルに記されている巴里(パリ)──フランスを筆頭に、彼女が訪れたアメリカ、イタリア、スペイン。そして母国・日本など、様々な国のあらゆる料理について記されている。食に対する欲が薄い身としては「よくもまあ、こんなにいろいろ食べたものだ」と敬服するばかりでした。

 “あらゆる料理”とは決して誇張ではない。サラダやスープ、パン、メインディッシュ、デザート、カフェの軒先で売られているサンドイッチ、エトセトラ……本当に幅広い。1つを語りだしたら10品ぐらい出てくる。しかも「これが美味しい」「あれはいただけなかった」と感想を綴るだけではなく、著者が感じたにおい食感や舌触りなどが絶妙に描写されているのです。

 この描写が、すごく想像力を掻き立てられる。食べてもいない──文章を読んでいるだけで、料理のにおいが流れてくる錯覚が引き起こされるのでした。ごくり。

 昼食時に読み始めたのもいけなかったのでしょう。本書を読みながら何度、腹の虫が鳴ったか知れません。電車内で「グゥー」と鳴ったときは恥ずかしかった。

一冊でフルコースが出来あがる、写真のないレシピ本

 著者はただの「食いしん坊」さんではない。「こうすれば美味しいのでは?」と思ったらアレンジを加えられる「食いしん坊」さんである。

『巴里の空の下オムレツのにおいは流れる』は、語られた料理とほぼ同じ分だけ「レシピ」が紹介されています。「エッセイ」の形はそのままに材料と手順がしっかりと記されているから、「これ、実際に作れそうだなぁ」なんて気分になってしまう。まさに本書一冊でフルコースが出来あがりそうな、料理エッセイ兼写真のないレシピ本でございました。

 時代や土地柄ゆえに「バタ」が多く使われる一品ばかりだけれど、今も昔もフランス料理はバターをいっぱい使うので違和感や抵抗感はない。なにより、バターを使った料理は美味しい。夜には重たいが、朝や昼に作ってみたいものばかりでした。

 また、「失敗談」もきちんと語られているのが面白い。本書P.142の「玉ねぎだと思ったらスイセンの球根*1を食べさせていた」話は、衝撃的だけど現代でも有り得ることなので必見。

空腹時に読んではいけない、食欲が湧き立つ一冊

 前述通り、私は食に関する欲が薄い。自分でちょこっとツマミを作ることはあっても、居酒屋に行けばど定番を“あたり”メニューに掲げる人間である。

 そんなペランペランな食欲を、本書は見事に湧き立たせてくれた。気付けば腹の虫が「何か食べたい!」と叫び出す。終いには読み始めた翌日の昼、カフェでパニーニを食べながら「パチッと音がなるようなチャバッタに……」と、石井女史風の感想を脳内で語ってしまったほどである。どんだけ感化されやすいんだ。

 一部「戦中・戦後の話としては随分と豊かな暮らしだな」と感じる部分があるものの、著者の家系を知ると納得。むしろ“そういう家系”だったから、21世紀の今日でも読み続けられる内容が書けたのでしょう。

 当時のパリや石井女史が生きた「世界」を知ることもできる、魅力的な一冊。ページを開くときは時間帯を考えて、なるべく空腹時は避けるべし

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*1:スイセンはリコリンやシュウ酸カルシウムなどを含む有毒植物。食べると嘔吐、下痢などの中毒症状を引き起こす。詳細は厚生労働省の自然毒のリスクプロファイルを参照。