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『少女七竈と七人の可愛そうな大人』で切ない夜を過ごす

 記念すべき初の国内小説の書評、もとい読書感想文は『少女七竈と七人の可愛そうな大人』でございます。

「砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない」の作者で知られる桜庭一樹氏の一冊。割と好きな作家であり舞台が北海道の旭川市、「辻斬りのように男遊びをしたいな、と思った。」の一文から始まるところに惹かれて、あらすじも読まないまま買ってしまったものの……長らく(※約半年)積んでいた作品です。

 続きを読むには間が空き過ぎていたので、じゃあ改めて頭から再度始めましょうか! と読み返してみたら、切なさにうっかり胸がキュッとなってしまいました。ワインでふわふわした時に開いてしまったから、尚のこといけなかった。切ない……

美しい少女七竈と“異端”な幼馴染と、彼女を取り巻く大人たち

「たいへん遺憾ながら、美しく生まれてしまった」川村七竈は、群がる男達を軽蔑し、鉄道模型と幼馴染みの雪風だけを友として孤高の青春を送っていた。だが、可愛そうな大人たちは彼女を放っておいてくれない。実父を名乗る東堂、芸能マネージャーの梅木、そして出奔を繰り返す母の優奈――誰もが七竈に、抱えきれない何かを置いてゆく。そんな中、雪風と七竈の間柄にも変化が――。雪の街旭川を舞台に繰り広げられる、痛切でやさしい愛の物語。
Amazon『少女七竈と七人の可愛そうな大人』より引用

 誰もが振り向く──不躾にジッと見つめてしまいたくなるほどの美貌を持った少女・川村 七竈(かわむら ななかまど)。彼女は同じく“異端”な「かんばせ」を持った幼馴染・桂 雪風(かつら ゆきかぜ)とともに、自分たちの「ワールド」で生きています。がたたん、ごととん。

 七竈は放って欲しくて「ワールド」に閉じこもるのだけれど、周りの大人がそれを許しません。といっても、ちやほやするわけではなく。むしろ七竈が欲している形とは異なる「愛」を、彼女にぶつけたり、時にそっと置いて去っていくのであります。

 仕方ないことなのかもしれないけれど、七竈の気持ちなどお構いなしな雰囲気がなんとも言えぬ息苦しさを感じました。

「緒方みすず」という少女

『少女七竈と七人の可愛そうな大人』には「緒方みすず」という少女が登場する。彼女は先輩である雪風に恋心を抱いていて、常に彼の隣にいる美少女先輩・七竈のことがライバルとして気になって仕方がない。時に嫉妬し、七竈先輩の奇特な部分に「へんなの」とあざ笑う、みすず後輩。

 緒方みすずの、性格的に面倒臭そうな──でも実のところ、誰よりも普通なところに、私は強い好感を抱きました。正直に言って、本作に出てくる普通な人間は、緒方みすず以外にいません

 先輩の男の子が好きで、彼とセット扱いされている女先輩を無視できなくて。好きですアピールをするけれど、そもそも自分に自信がない。夢もない。女先輩にちょっかいを出すけれど、勝てる気がしない。風の噂で聞いた、先輩たちがバラバラになる話にショックを受けて──ライバルがいなくなってよいことなのに、どうしようもなく悲しくて。いつの間にか憧れさえ抱いていた女先輩に「行かないで」と懇願してしまう。

 この恋とも愛とも違う、みすず後輩の特別な「想い」が後半に光り輝いていました。たぶん、七竈先輩も彼女の「想い」は、特別なものに感じたのではないかしらん。少なくとも、私はそう読み取った。

 別れが近づいた季節の、緒方みすずの台詞に共感もしました。

「(略)わたしには夢がない。誰でも知ってるつまらないことしか知らない。わたしには夢がない。たとえみつけても、オリジナリティがない。かんばせも、ほぅら、こんなに平凡で」
『少女七竈と七人の可愛そうな大人』p.237より一部引用

 すごく分かる。たぶん私以外にも、上記の台詞に「分かる……!」って思う人がいるんじゃないかなぁ。

『少女七竈と七人の可愛そうな大人』を読んだらきっと、みんな「緒方みすず」が好きになるに違いない。そんな錯覚さえ覚える程、彼女は普通だけど魅力的な少女でした。

詩的に、繊細に描かれる切ない「愛」

 読みながら思ったのは、非常に詩的な作品だということ。あぁ、桜庭一樹「ワールド」だということです。

『少女七竈と七人の可愛そうな大人』に登場する少年少女も、ある意味とても現実的な“理不尽”さに苛まれるわけですが、その様子がとても詩的に表現されています。

 旭川の街と真っ赤な七竈の実に降り積もった雪の如く、真っ白な画用紙に極細の赤い線で絵を描いているような繊細さが伺える文体は、内容の切なさとよい作用を生み出しておりました。全体を通じて語られる「一生叶うことのない愛」が、より一層際立っているようにも感じる。

 また、本作は視点が七竈と雪風、可愛そうな大人、犬の目線で語られています。それぞれの目線と心境から見えてくる物語は、狭い世界で巻き起こる事柄を一回りも二回りも、三回りも深い味わいにしておりました

 特に犬──ビショップの視点で語られる話は、彼が犬だからこその目線というか、純粋さと達観した様子を兼ね備えた第三者視点で、非常に面白かったです。

 なんとなぁく桜庭一樹氏は「砂糖菓子」と「Gothic」シリーズのイメージが強かったけれど、『少女七竈と七人の可愛そうな大人』は隠れた名作なんじゃないかな。ライトノベルの好き嫌いに関わらず、切ない作品を求めている人に、一度手にとって欲しい一冊だと思いました。