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たわしの帖

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『東京の空の下オムレツのにおいは流れる』をおいしく読んだ

書籍 書籍-エッセイ

巴里の空の下オムレツのにおいは流れる』(以下『巴里』)の姉妹本『東京の空の下オムレツのにおいは流れる』(以下『東京』)を読んだ。

『巴里』の後、「暮しの手帖」で執筆していた5年間をまとめた本書。相変わらず美味しそうなにおいが溢れる内容でした。お腹の虫が何度グーッと悲鳴を上げたことか……数えてないので分かりません。料理エッセイではなく飯テロエッセイとするべきである。

 姉妹本なだけあって『巴里』と繋がっている部分に「おっ」とさせられる。そして著者・石井好子女史の変化や、前作を書くに至った経緯なども記されていて興味深い一冊となっていました。

シャンソンの『巴里』とオムレツの『東京』、微妙な違い

 <シャンソンの石井さん>が歌手として活躍していた頃の姉『巴里』は、著者が外国で出会ったおいしい一品たちが中心だった。また、仲間達に振る舞ったお手製料理も多く記されていた。味やにおい、見た目、舌触り、作りかたの手順まで描いた姉は、さながら「写真のないレシピ本」といった風にも感じられました。

 対して妹『東京』は、初の料理エッセイの印象から<オムレツの石井さん>と呼ばれるようになって以降を中心に描いています。『巴里』同様、外国のおいしい一品やお手製料理のにおいはそのまま。亡くなった夫、父親との思い出など「切ない味」が練りこまれています。

 割合としては隠しあじ程度の「切ない味」が、鼻の奥にツンと来る──身近な人の死というものに弱いせいかもしれない。「夫の味わたしの味」の最後の一文なんて、おもわず胸がつかえてしまったほどです。

 この冬は、一度もなべ料理をしなかった。いっしょになべをつっつく相手がいなくなってしまったから。
『東京の空の下オムレツのにおいは流れる』P.101より引用

 さらに“すべて手料理”が基本だった著者のスタンスが若干変化して、出来合いのものや冷凍パイシートなどの活用法も記されているのが印象に残りました。ただ温めてテーブルに出すのではなく、一手間加えるのが石井女史らしい。

 洋食が多めだった『巴里』に比べて、煮っころがしや肉じゃがなど日本の家庭料理も多く登場。

 個人的には沖縄の「チャンプルー」まで言及されていたのが嬉しかったです。まさか「チャンプルー」の文字を見るとは思わなかったなぁ……そうめんチャンプルーはマジでうまいので、私からもオススメしたい。

<オムレツの石井さん>と玉子

 冒頭に書いた通り、本書には『巴里』を書くに至った経緯なども語られている。

 玉子というものは、いまではどこの家の冷ぞう庫にも、常に二つや三つおいてある、手近にあるたべものである。その玉子を例にとって、「玉子一つだって、おいしくもまずくも食べられるもの」ということを書きたかった。
 一つの玉子でも、せっかくならおいしく料理して、出来たてのほやほやを、たのしいうれしい気持ちでいただきましょう。それも<人生の中の一つの大きな幸せ>なのですから……そんなことを、お友だちに話すように紙の上に書いたのが、<巴里の空の下オムレツのにおいは流れる>であった。
『東京の空の下オムレツのにおいは流れる』P.108より引用

 上記を読んだときになぜか、ドラマ「熱烈的中華飯店」で勝村政信氏が演じた野口拓郎のセリフが思い出されました。はっきりとは記憶していないが「玉子は安い食材で、高級中華の材料にはなりえない。なんにでも代用がきく。だからこそ美味い」みたいなセリフだった。

 どうしてぼんやりとした記憶が呼び起こされたのか、今も謎です。でも双方とも「玉子は美味い」と言っていて、そして玉子に限らず──身近なものも高級なものも等しく、調理法ひとつでおいしくなるのだから。おいしく食べて幸せな気持ちになればいいじゃない──といった雰囲気が共通していると思う。だから思い出したのかな……?

 石井女史が『巴里』と『東京』に乗せた想いを噛み締めながら読むと、読んだだけで五感が刺激される気がするのもなんだか納得できます。

 2冊とも「あそこで食べた料理はこんなすてきな一品だったのよ。おもわず作りかたを聞いてしまったわ」と優しく、時にチャーミングに教えてくれるから我々読み手は「美味しそう!」と感じるのだ。

 これが「今まで食べた絶品料理を教えてあげるざます」って美食家目線だったら、きっと鼻に付いて即刻本を閉じていたに違いありません。

 ということで、『東京の空の下オムレツのにおいは流れる』も非常に美味しく──しかし、『巴里』よりもスパイスが効いた一冊となっておりました。空腹時の禁書には変わりないけれど、石井好子女史の書く文章はすこぶる魅力的なので読んでもらいたい。エッセイを読み慣れてない私も楽しめたので、間違いないです。ぜひ。

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